エピローグ〜Premiere〜

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マルが無事に戻ってきてくれて、ママンも他の猫たちも一安心。
みんなで喜びを分かち合ったあと、リュウおじさんがワイナリーを案内してくれました。

大切に育てたブドウを収穫したり、そのブドウを潰してジュースにして大きなタンクに移したり。ワインができるまでのたくさんの行程を聞きながら、猫たちは目を輝かせます。

ブドウ畑での経験からすっかりブドウに興味を持ったマルが言いました。
「ブドウが旅をしてるみたいだね。」
リュウおじさんが感心して答えます。
「確かに。ワインになる旅をしてるのかもしれないねぇ。」
それを聞いたママンは、なぜかうっとりしたような表情で遠くを見つめました。
「そして、ワインになったブドウは次の旅に出るのね。」
「次の旅?」
マルが不思議そうに聞き返しました。
リュウおじさんが笑いながら答えます。
「ワインを飲むのを楽しみにしてる人のところへ行く旅さ。ママンみたいにね。」
ママンが嬉しそうに頷いています。

「そんな人たちのところへワインを届けるために大切なものが、これだよ。」
そう言ってリュウおじさんが手渡したもの。それはコルクでした。
「これ?」
キョトンとしてマルがリュウおじさんを見つめます。
「そう。ここで完成したワインを瓶に詰めて、最後にコルクで栓をする。これがないと運べないだろう?」
リュウおじさんが得意げにウィンクしました。

コホン、とママンがわざとらしく一つ咳をします。
「コルクの登場はね、ワインの歴史の中でもとっても大きな出来事の一つなのよ。」
ママンが先生ぶって言いましたが、クロは不満げです。
「こんなのが?うちにいっぱい転がってるよ。」
フフッと笑って、ママンは諭すように話しました。
「あのね、ワイナリーのワインと私たちは出会うことができるのは、コルクがあるおかげなの。コルクにはワインと飲む人を繋ぐ、出会いを演出する役目があるのね。」
頷くリュウおじさんも、感慨深そうにコルクを見つめながら言います。
「うん。僕らが丹精込めて作ったワインを飲んでもらえるのも、コルクのおかげさ。」
「へぇ。」と、マルが感心した声を漏らしました。
「コルクってすごいのね!」
ミカサも目をキラキラさせています。

宝物を見るようにじっとコルクを見つめるミカサに、リュウおじさんはコルクを渡しました。コルクをもらったミカサは嬉しそうに頬ずりして、匂いをクンクンと嗅いでいます。
その様子を見ながら、リュウおじさんが思い出したように言いました。
「実はね、今とっておきのワインを作ってるんだ。」
「とっておき?」
クロが白い歯を見せて笑いながら聞きます。
「あら、私も知らないわ。」
ママンも興味深そうです。
「どんなの?教えて教えて!」
と、兄弟猫のピノとメルも寄ってきました。

みんなにせがまれて、リュウおじさんもまんざらではありません。
「これはすごいぞぉ。この土地の魅力が表れたワインなんだ。」
棚から取り出したボトルのエチケットには、猫の絵が描かれていました。
「猫だ!」
猫の絵を見つけたクロが叫びます。
「これ、猫の神様?」
マルも興奮気味に聞きました。
「神様かどうかは、想像にお任せするよ。」
リュウおじさんはいたずらっぽく言って答えを教えてくれません。

ママンも覗き込むようにしてエチケットを眺めます。
「いい絵ね。名前は…?」
「名前は『Premiere』。」
リュウおじさんが静かに答えます。
「プル…?」
マルは真似して言おうとしましたが、発音も分からないし舌が回りません。
「プルミエール。始まりっていう意味さ。」
「始まり…。」
「このワインが、飲んだ人たちの素晴らしい人生の始まりになればと思ってね。」
そう言うリュウおじさんの顔は、どこか誇らしげでした。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、暗くなる前にそろそろ帰らなくてはなりません。日が傾いてきたことに気づいたママンがリュウおじさんに言いました。
「今日は来てよかったわ。ありがとう。」
猫たちも口々にお礼を言います。

マルは今日一日の出来事を思い出し、ブドウ畑の方を見ました。
あのトラベリング・キャッツは神様だったのかな?もしかして、ただの夢だったのかな?

名残惜しそうなマルを尻目に、ママンは手慣れた様子で、あっという間に支度を整えました。
「さぁ、行きましょう。」
マルとミカサ、クロ、ピノとメルの兄弟、お姉さん猫のレイ、ぽっちゃり猫のトノ。7匹の猫とママンは仲良くワイナリーを後にします。
「またおいで。」
優しく手を振るリュウおじさんの向こうに、マルには一瞬、大吉と福ちゃんの姿が見えた気がしました。

「きっと、これが始まりだね。」と、小さくつぶやいて、マルは元気よく両手を振ってリュウおじさんに答えました。
「うん!また来るよー!待っててね!」
だんだんと小さくなるリュウおじさんとブドウ畑。その姿が見えなくなるまでマルは叫び続けました。

「絶対、また来るからねー!」

マルの声は雲に届くくらい高く、ブドウ畑を越えて高山村全体に聞こえるくらい遠く遠く、響き渡りました。

〜このワインと、このお話、そして愛しいネコたちに出会ってくれた全ての方々に感謝を込めて〜