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Premiere

弱虫マルと旅猫

第1章:Premiere

旅猫

 1人ぽっちになってしまったマルは、きっとクロやレイが見つけてくれると思って草陰に隠れていましたが、どんなに待っても誰もやって来ませんでした。

「だからヤダって言ったのに。みんなどこ行っちゃったんだろう…?」

ブルブル震えていてもどうしようもありません。仕方なく、マルはみんなを探しに行くことにしました。

 

 カエルの鳴き声や木の葉が風にそよぐ音にも怯えながら、目を上げるのが怖くて足元ばかり見ながら歩くマル。どこへ向かうでもなく、ただひたすら足を前に進めます。そして、どのくらい歩いた頃か、そんなマルにどこからともなく話しかける声がしました。

「君は地球の裏側にでも行きたいのかい?」

それはゆったりとして穏やかな声でしたが、あまりに突然のことでマルはびっくりして固まってしまいました。恐る恐る顔を上げると、いつのまにか目の前には1匹の猫が立っているではありませんか。

 

 仙人のような、なんとも言えない風格をたたえ、諭すような目でマルを見据えている猫。その横からもう1匹、クスクス笑いながらメスの猫が歩み出て、物珍しそうに瞳を輝かせて言いました。

「あなた、ず〜っと下を向いてるのね。」

そう言われて、さっき仙人みたいな猫にかけられた言葉をやっと理解したマル。ドキドキしすぎてうまく口が動かせず、何度もパクパクしながらなんとか答えを絞り出しました。

「だって…、あの、僕、み、道に迷っちゃったんだ。」

「そりゃあ〜そうだ。」

仙人みたいな猫は、あくびでもしそうなくらいゆっくりと喋りました。

「ちゃ〜んと行きたい方を見にゃいと、どこにも辿り着きゃしにゃいさ。」

 

 “行きたい方”と言われて、マルは俯いてしまいます。

「でも僕、行くところがないんだ…。」

それを聞いて、メスの猫が大きく目を見開きながら早口で言いました。

「おかしな子ね。行くところもないのに歩いてるなんて。」

早口の猫が首をかしげる一方、仙人みたいな猫は笑っていました。

「いやいやぁ、そんにゃもんだよ、人生にゃんて。オイラは尊敬するにゃぁ。」

「なんでよ?」

「行き先も決めずに歩くなんてさ。すごいことだよ。」

「そうかしら?」

「そうさぁ。」

「ほんとに?」

「そうさぁ。」

「そうかなぁ…。」

 

 そのやりとりを見ながら、マルはさっきワイナリーのリュウおじさんに聞いた話を思い出しました。どこからともなく現れて、行方不明の子どもを連れ帰った猫の神様。

もしかして、この2人は…。

 

「もしかして、猫の神様?」

思ったことをそのまま口に出してしまったマル。自分でも驚いてパッと口を塞ぎました。

「神様?」

早口の猫がクルッとマルの方を向きながら聞き返しました。

「にゃんだい?神様って?」

仙人みたいな猫も、今度は首をかしげます。

「あれ?違うの…?」

神様だったら助けてもらえる。そう期待したマルは、ガッカリして肩をすぼめました。知らない場所で、知らない猫と、これから一体どうすればいいんだろう…?

 

 落胆したマルに気づいたのか、仙人みたいな猫がゆっくりと口を開きました。

「オイラぁ大吉。神様じゃあにゃいけど。旅猫(トラベリングキャッツ)の大吉さ。」

ゆっくりした口調に合わせて、マルもゆっくりと仙人みたいな猫、大吉の方を見やりました。

「トラベリングキャッツ?」

「そうよ。アタシたちは旅猫(トラベリングキャッツ)。世界中を旅するの。」

と、早口の猫。

「世界中…。」

世界中なんて、マルには想像もつきません。世界中ってどういうことだろう、と、頭を働かせる間も無く早口の猫が言いました。

「そ。それで、あなたの名前は?」

「僕?えっと、僕は、…マル。」

「マルっていうのね。よろしく、マル。アタシは大福。福ちゃんでいいわ。」

 

 仙人みたいな猫は大吉。早口のメスの猫は大福、福ちゃんという名前でした。そして2人は世界中を旅する旅猫、トラベリングキャッツだというのです。

「世界中を旅するなんて、すごいね。」

マルは感心して言いましたが、福ちゃんはさらりと返しました。

「すごい?そんなことないわ、簡単よ。」

大吉もコクコクと頷いています。

「マルも、一緒に行くかい?」

言われたマルはビックリ。なんと答えたらいいのか分からず、「え?でも…。」と口ごもります。

「まともに前を見て歩けないくらいだもん。怖いのねぇ。」

福ちゃんに笑われたマル。そんなことない、と言おうと思いますが、やっぱり心細い…。ふと、ママンたちの顔が頭に浮かびました。

「だって、みんなのところに帰らなくちゃ。」

 

 それを聞いてキョトンとする福ちゃん。

「あら、どうして帰らなくちゃいけないの?」

「どうしてって…。」

「さっき行くとこないって言ったじゃない。」

「…。」

答えに詰まるマルに福ちゃんが詰め寄ります。

「どっちなの?」

「あるけど…、ないんだ。」

そう言って黙ってしまったマルに、大吉が尋ねました。

「帰りたくないのかい?」

マルが何も答えないので、福ちゃんがわざとバカにしたようにいいました。

「どうせケンカでもしたんでしょ。のけ者にされたとか。それでふてくされてるのよ。」

 

 気持ちを言い当てられて少しムッとしたマルは、目を逸らしながら投げやりに聞きました。

「き、君たちはどこに行くんだよ?」

「アタシたち?」

福ちゃんは目をパチクリさせながら聞き返します。

「そうだよ。そんなに言うんなら、大吉と福ちゃんにもさ、行くところがあるんでしょ?」

福ちゃんは今度はクスッと笑い、大吉がゆったりと一言答えました。

「旅。」

「え?」

マルが聞き返すと、大吉は歯を見せて笑います。

「旅が目的地さ。」

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